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20. 青信号

 夜の公園のベンチで、人目も憚らず泣いた。
 私は自分のことをどちらかというと、情の薄い人間だと思っていた。誰もが泣いたという映画を観ても泣けなかったし、高校の卒業式だって、みんなと笑って別れることができた。
 そんな自分がこんなにも、たった一人によって、簡単に泣かされてしまうなんて。

「悪いんだけど、別れて欲しい」
 珍しく待ち合わせ場所に遅れずに来た彼は、話しにくそうに顔をゆがめて言った。
 その瞬間、頭が真っ白になった。
 彼はそれ以上何も言わなかった。私も何も言わなかった。いや、言えなかった、余裕がなくて。その理由を問うことも、そんなの嫌だと縋ることも。
 私は最後の理性を総動員して、ありがとうと告げた。いつか終わりがくるとしたら、締めくくるのはこの言葉だと決めていた。
 逃げるように背を向けたその瞬間から、涙が溢れた。道行く人が怪訝な表情で私のを見たけれど、だからといってどうしようもなかった。ともすれば声を上げて泣いてしまいそうな口もとを手のひらで抑えて、とにかく人のいないところを目指して、ようやくここへ辿り着いた。すっかり日の短くなった秋の空は、あっという間に真っ暗になってしまったけれど、泣きはらした目と未だ平静を取り戻すことのできないこの状態で、家族の待つ家に帰れるはずもなかった。

 しばらくはただ、絶対的な喪失感に泣くしかなかったが、次第に、彼と過ごした一年と少しの、いろいろなことが思い出されて来た。よくよく考えてみれば、こんなにも泣くほど彼のことを好きでいた訳ではないような気がした。本当にたくさんのことを、我慢してきた。でも涙が止まらないのは、私にとって彼が最初の人で、こういう場合の対処の方法を知らないからなのだ、きっと。

「大丈夫ですか!?」
 あまりに静かだった夜の公園に、驚いたような声が響いた。
「気分でも、悪いんですか?」
 入り口から、男の人が歩いてくる。私は慌てて濡れた頬を拭ったが、腫れきった目蓋はどうしようもない。私は夜の暗さがうまく顔を隠してくれることを願った。
「ち、違うんです。ただ、考え事をしてて」
 なんとか自分を取り繕ってそう言うと、彼は安心したという風に、
「そっか、すみません驚かせて。何かあったんじゃないかと思ったものだから」
と言って笑った。
 彼はごく自然な動作で隣に腰掛けて、身の上話をし始めた。自分が大学生であること、近くのワンルームマンションに住んでいること、趣味は散歩で、この辺を歩くのが日課になっていることなどを。
 隣に人がいては泣くに泣けない上、どこか他所へ行って下さいと言う訳にもいかず、どうしていいのかわからなくなってしまった。
 そろそろ本気で彼の話を止めようかどうしようかと迷っていたとき、彼はふと真顔になって尋ねた。 
「ごめんね、迷惑だった?」
「いえ、そんなことはない、ですけど……」
「本当は俺ね、泣くためにここにきたんだ」
「え?」
「実は俺、すごい泣き虫なんだ。実は今日かなり辛いことがあって、そういう時はいつもここへ来て泣くんだ。一人の部屋で泣くのはあまりに寂しいから。そしたらいつも俺がしてるみたいに、ベンチで俯いてる女の子がいるだろ?」
 彼は少し恥ずかしそうに続けた。
「なんとかしなきゃって思ったんだ、まるで自分を見てるみたいで」

 いくぶん唐突なその告白を聞いて私は、自分だけが世界の不幸のまっ只中にいるような絶望が、急速に薄れていくのを感じていた。自分の情けないところを、さらけ出してくれた彼のおかげで。
 彼のような、大人の男でも泣くのだ。他にも今日、私のように絶望の底にいて、泣いている人は沢山いるだろう。それでも、世界は変わらない。その当たり前で、ゆるぎない事実。
 私は、たくさんたくさん泣いて、今、漸く、再び歩き出せるような気がしていた。
「あの、よかったら、これからのお散歩、ご一緒してもいいですか?」
 遠慮がちに尋ねた私に、彼は満面の笑みで返した。
「ぜひ、行きましょう。あっちです」
 彼の指差した先、信号機の青い光が、涙で潤んだ瞳に、優しく滲んだ。

テーマ:短編小説 - ジャンル:小説・文学

2007.11.02 | | Comments(62) | Trackback(9) | 物書きさんに20のお題・青

19. 必ず戻る

 程よく薄暗い居酒屋の店内は、緩やかに眠気を誘発する。
 一緒に飲みに来た大学の部活連中は、今は誰かの恋愛話で盛り上がっているらしい。同じゼミの女の子が好きなんだけどどうしよう、とか、そういう大学生にありがちな話。それでも身近な誰かの恋愛話というのは何よりの酒の肴であって、みんな異常に喰いつきがいい。俺もさっきから、「がんばれよ」とか、「もっと積極的にアピールしていけよ」とか、適当に話を合わせている。
 自分が上の空であることが、バレない程度に。
 俺が思うに東京の人たちというのは、地方の友人たちよりも、集団の中で自分のポジションを確立するのに必死のような気がする。溢れ返る人の多さがそうさせるのか、あるいは世間のシビアさにさらされることが田舎よりもずっと多いからなのかは、分からないけれど。その必死さが、決して嫌いというわけではない。むしろ逞しいとさえ思う。けれどやっぱり、どこか自分にはついていけないところがあるように感じて、あちこちで叫ぶように飛び交う話し声を遠くに聞きながら、意識は自然と地元にいた頃の記憶を呼び起こす。

 俺が始めて東京に来たのは、高校に入る時だった。小学校に入る前から、地元のクラブチームでサッカーをやっていた。中学でも当然のようにサッカー部に入って、それ以外には本当に何もしなかった。だから、スポーツ推薦でこっちの高校が俺を拾ってくれたのは、本当に幸運だったと思う。ただ一つの心残りを除いては。
 俺には幼馴染がいた。それは、俺が4歳のときの隣に越してきた女の子だ。同じ歳の子どもがいると知った母親たちは、これは好都合とばかりに、俺たちを仲良くさせようとした。子ども同士で遊ばせている間は、自分たちの手が空くからだろう。
 最初は、どうしていいか分からなかった。なぜなら彼女は、俺にとって初めてまともに接する女の子だったから。困った俺は取り敢えず、ボールの蹴り方を教えることにした。それ以来サッカーは、俺と彼女の共通言語になった。
 さすがに中学校に上がる頃には、彼女はサッカーをしなくなったけれど、部活が終わって家の前の公園で自主練をする俺のことを、少し離れたベンチから飽きもせずよく眺めていたのを覚えている。

 彼女はいつも空気のようにそこにいて、俺もそれが当たり前だと思っていた。あまりに当然過ぎて、いつかそれがなくなるときのことを想像することもできなかったし、その関係がそれ以上発展することはなかった。あの時までは。
 東京の高校へ行くと、俺は半ば誇らしげに報告した。俺にとって喜ばしいことを、彼女も喜んで受け止めてくれると信じていた。でも、その根拠のない自信は見事に打ち砕かれた。彼女の目から零れた一筋の涙によって。
「行っちゃうの……?」
 ただ一言、搾り出すように発せられた言葉が胸をついた。その時になってようやく俺は、自分の選択の意味に気がついたけれど、彼女のために全てを投げ出せるほど大人でも子どもでもなかった。
 次々に頬を伝って地面へ落ちる透明な雫をどうにかして止めたい。それだけの思いで、俺は彼女の髪をなでながら、何度も何度も呟いた。
「必ず戻る」と。
 それは、俺が彼女に吐いた、最初で最後の嘘になった。

「後悔だけはすんなよ」
 その言葉に、急速に現実に引き戻された。どうやらこの場ではまだ、片思い中の彼への激励会が続いていたらしい。みんなに言葉を尽くして励まされた彼は今、当初よりも、ずっとすがすがしい顔をしていた。
 それを見て俺はもうずっと、そんな顔をして笑っていない自分に気がついた。そして痛切に、変わりたいと願った。今の自分から。
 その為に今、自分ができることとは。
 俺は腕時計を確認する。午後10時05分。
「悪い、俺、ちょっと抜けるわ」
 そう言って幾らかのお金を隣にいた友人に強引に預けて、急いで店を出た。後ろで文句を言っている声が聞こえたような気がしたが、そんなのはもう気にならない。心が、一つの思いで満たされていく。もう一度、会いたいという思いで。
 今から走れば、まだ地元へ向かう最終電車には間に合うだろう。
 今更彼女に会って、なんになるというのか。
 あんな向こう見ずでいい加減な妄言を、5年も信じて待っているなんて思えない。会った瞬間に蔑まれ、罵られるかもしれない。
 それでも俺は、走らないではいられなかった。
 あの時の唯一の嘘を、取り戻すために。

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2007.09.19 | | Comments(2) | Trackback(0) | 物書きさんに20のお題・青

18. コンクリ

 子どもの頃の最も鮮明な記憶は、コンクリートのざらつきと、冷たい感触。
 僕たちが住んでいたのは、良く言えば現代風の、悪く言えば無機質すぎる、打ちっぱなしのコンクリートでできたマンションだった。決して部屋数の多くない一棟のマンションという閉鎖的なコミュニティの中で、同じ歳同士だった僕たちは、必然的に仲良くなった。今となっては何がそんなに楽しかったのだろうと不思議に思うけれど、僕らは毎日のように、階段や廊下を縦横無尽に駆け回って遊んだ。中でも二人のお気に入りだったのは、最上階からさらに階段を上ったところにあるデッドスペースだ。そこから屋上へ続く扉は常に閉ざされていたので、滅多に上ってくる人もなく、そこはまさに自分たちだけに許された世界のように思えた。
 僕らはそこへ、互いにいろんな物を持ち寄った。その日に捕まえた昆虫や台所からくすねたおやつ、ロボットアニメのプラモデル、漫画雑誌から勉強道具まで。そこにいればまず退屈することはなかったし、大人になってからもこんな風にずっと暮らせたらどんなに楽しいだろう、なんて子ども染みた想像を繰り広げることもあった。僕らの小さな体には1日、1年が手にあまるほど長くて、そんな時間がいつまでも続くと信じて疑わなかったあの頃。同じ世界でずっと生きていけると思っていた、少なくとも僕だけは。
「お前、好きな子っている?」
 いつも通りその場所で遊んでいたある日、唐突に彼は切り出した。僕は思いもよらないその発言に、どきっとした。小学校高学年にもなれば、クラスでそんな話題が上ることもときどきあったけれど、少なくとも僕にとっては、女の子というあやふやな存在よりもこうして彼と遊んでいる時間の方がずっとリアルで楽しかったし、彼とそんなことを話すのは、この世界が壊れてしまうようで怖かった。
「なんで急にそんなこと聞くんだよ、いるわけないだろ」
 裏切られたような思いがして、つい怒ったように返した僕を、彼はそれまで見たことのない少し大人びた表情で見つめ返した。
「そっか、俺はいるよ。卒業すると離れ離れになっちゃうだろ。だから、その前に告白しようと思うんだ」
 照れることもなく告げた彼の眼は真剣で、僕はクラスメイトにするみたいに茶化すこともできなかった。何より、自分と同じ世界を共有していると信じていた彼が、いつの間にか新しい世界を知ってしまっていたことが、ショックだった。
「がんばれよ」
 本当は上手くなんていって欲しくなくて、でもそんなこと言えるはずもなく本心を隠しておざなりな台詞を吐いた僕に、それでも彼は嬉しそうに笑ってくれた。
「お前もな。いつか特別な人ができたら、紹介してくれよ」
 幸せな日々が永遠ではなくて、いつか終わるということを、その日僕は痛切に思い知った。

 それから僕らは違う中学へ行き、部活や新しい人間関係が始まって、自然と疎遠になっていった。それでも僕は、今でもときどき、この場所を訪れる。昔あった僕らの私物はすっかり片付いてしまったけれど、コンクリートに残る小さな落書きや傷跡が、あの幸せな日々が確かに存在していたことを物語っている。彼もこんな風に、昔を思い出すことがあるだろうか。あの時の彼女とは、今でも付き合っているのだろうか。
 僕は階段の一番上に座って耳を澄ませる、ここへ向かってくる足音を探して。二人の世界が、再び重なることを、心のどこかで願いながら。

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2007.08.27 | | Comments(4) | Trackback(0) | 物書きさんに20のお題・青

17.神様に

 ポケットに入れた手は一向に温まる気配がなく、思わずまた口元へ持ってきて「はあっ」と息を吹きかける。時計は0時を少し回ったところで、いつもなら閑散としているはずの道路は、出店やら行列に並ぶ人やらで賑わっていた。みんな初詣に来ているのだ。
「姉ちゃん、こっち!」
 人だかりの中から、弟が手を上げて叫ぶ。私は「すみません」を繰り返しながら、人の波を掻き分けてなんとか弟の待つ場所へたどり着いた。
「まったく、どこ行ってたんだよ」
「ごめん、ごめん。ちょっと懐かしい友達を見かけたから」
 それは本当に偶然の出来事だった。おびただしい往来の中、まるで映画のように運命的に、目に見えない何かに吸い寄せられるように、道の向こうから歩いてくる彼女と目が合った。そして彼女も、ゆっくり視線をこちらへ向ける。気づきたくなかった、でも、気づいてしまった。私は、曖昧な笑顔を浮かべる。彼女はゆっくりと、そしてかわいらしく微笑む。
「「ひさしぶり」」
 互いに声をかけたのはほぼ同時で、私たちは意味もなく笑った。
「初詣?」
 そう尋ねた私の問いはまったく意味がない。だってそんなことは、彼女の華やかな振袖姿を見れば一目瞭然なのだから。私は、どうせ誰にも会わないだろうと着てきた適当なジーパンといつものPコート姿を死ぬほど後悔した。
「そうそう、初詣。中学校の卒業式以来だね」
 そう、私たちは中学校の時の同級生で、正直に言うと私は彼女のことが少し苦手だった。私の幼馴染の男の子と、付き合いはじめた彼女。それ以来、私と幼馴染の仲はなんとなくぎくしゃくするようになってしまった。そして、偶然にも私と彼女の志望校は一緒で、私は運よく合格し、彼女は落ちてしまった。そういう、少し複雑な関係。
 私たちは人通りを避けて、道の脇で少し世間話をした。昔の友達の話とか、お互いの近況とか、そういう久しぶりに会った二人がするにあたってごくごく、自然な話を。
「高校、どう?楽しい?」
 話の途中にさりげなく、彼女が尋ねた。私は少し、どきっとする。彼女が行きたくて、でも行けなかった学校に通ってる私。もちろん、今はもう別の学校での新しい生活が始まっていて、そんなことは彼女だって気にしていないとは思う。そうは思うけれど、すごく楽しい、なんて言うのはなんとなくはばかられた。
「うーん、楽しいけど、課題が多くて大変、かな」
「どこも一緒だね」
 そう言って笑う彼女を、素直にかわいいと思える自分が意外だった。中学校の時、彼女と話す度胸を渦巻いていた暗い思いは、今はもうどこにも見当たらなかった。何も変わっていないと思っていた、あの頃と。日常の変化はゆるやか過ぎて気付かずにいるけれど、でも、あの頃とは確実に違っているのだろう、私も彼女も。
 どさくさに紛れて、幼馴染の彼とはまだ付き合っているのか聞いてみようかと思ったけど、やっぱりやめておいた。ようやく素直に笑い合えた私と彼女の間に、余計な要素を混ぜたくなかった。
 結局、10分くらい話して、彼女とは別れた。「たまにはメールでもしてね」と彼女は言った。私は「うん」と答える。それはただの社交辞令かもしれないけれど、少なくとも二人の関係性はゼロではない。卒業して、別れてから始まる関係だって、きっとあるはずだ。
「姉ちゃんは、何を祈る?」
 隣の弟が聞く。
「そういう自分は?」
「オレは、次の県大会で優勝」
「わかりやすくていいね。じゃあ私は、どうしようかなあ」
 神様に、祈りたいこと。今は胸がいっぱいで何も思いつかないけれど、取り敢えず、今日この場所で彼女に出会えたことを感謝したいと思う。そして、これからの私を見ていて欲しい。これからもっと良い方へ、変わっていけると思うから。

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2007.08.06 | | Comments(2) | Trackback(0) | 物書きさんに20のお題・青

16.パラノイア

 布団にもぐってから寝るまでは、私の時間だ。その、誰にも邪魔されることなく、自由に思考をめぐらすことのできる時間が、私は好きだった。どんな妄想をしても、危ないことを考えても咎められない、そういう時間。ベッドに入り電気を消してまず私は、私の中の彼に話しかける。ハロー、ハローと。
「やあ、元気にしてた?」
 私の呼びかけに応じて彼は答える。彼と言っても、私の中に存在しているのだから彼とは私のことで、でもこうして話している私とは確かに違う私だ。いつから彼が存在していたのか、今となっては思い出せない。けれど、子どもの頃から「寝つく」のが苦手だった私が、退屈と寂しさを紛らすために生み出した対話相手なのだろう。普通、そういう遊びは成長するにつれ自然と止めてしまうのだろうか。それとも、誰もがそういう存在を心に持ち続けているのだろうか。否定されることが怖くて、他の人に聞いたことはないので、分からなかった。
「うん、まあ、それなり。でもこっちの世界はいろいろ疲れることばっかりだよ。早く会いたかった」
「僕も会いたかったよ。何があったの?話してよ」
 当然、私であるところの彼は、私が傷つくようなことは言わない。この会話も予定調和だ。
「そうだなあ、まずね、今日彼氏が会いたいって言うから、わざわざ出て行ったら、髪を切るのが終わらないとかって言って、3時間も待たされたんだよ」
「それは、ひどい」
「でしょう?なんだかもう、疲れちゃった。終わってから連絡しろって。自分は待ちたくないのに、待たせることなんてなんとも思ってないのね」
「だから僕が、付き合うのは考えた方がいい、って言ったろ?」
 確かに、今の恋人から交際を申し込まれてまだ悩んでいた時期、彼は付き合うことに決して賛成はしなかった。でもそれはきっと、心のどこかで私が悩んでいたことを、代弁してくれていたのに過ぎない。今となっては、彼の忠告、つまり私の不安は的を得ていたのかもしれないとも思う。全ては、結果論に過ぎないけれど。
「そうだね、私が馬鹿だったのかも」
「じゃあ、別れる?」
「たぶん、そのうちね」
「そのうち、じゃ分からないよ。僕だけじゃ駄目なの?少なくとも僕には、君だけだど」
 それも私の願望。このままずっと布団の中にいられて、私が思う通りのふるまいをしてくれる彼と私と、二人の世界でずっと生きられるのなら、恋人や他の人間なんていらないかもしれないと、私は思う。けれど残酷にも明日はやって来て、私は妄想の世界を抜け出して現実を生きなければならない。
「そうできたらいいのに。でも、ごめんね」
「いいよ、分かってる」
 寂しそうな笑顔を残して、彼は私の前から消えてしまう。そしてその余韻を追いかけるように私は眠りに落ちる。さっきよりもずっと、自分が楽になっているのを感じながら。
 翌朝起きたら携帯に彼氏からメールが入っていて、珍しく「ごめんね」なんて書いてあるから、私は怒るに怒れなくなる。そうしてつい、「もういいよ」だなんて送ってしまうからいけないのだ。理解し合えないと分かってはいても、現実に襲い来る寂しさから逃れるように恋人を求めてしまう。すぐ辛くなると分かっていて。そう遠くない未来に私はまた、「彼」に泣きつくことになるだろう。
 自分にとって、本当に必要なのは一体どっちなんだろうか。最近、妄想の中の私と、今現実にいる私と、どっちが本当なのかよく分からなくなる。

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2007.07.30 | | Comments(2) | Trackback(0) | 物書きさんに20のお題・青

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